メッセージ

 
 本プロジェクトの相手国であるフィリピンを含む,東南アジアから西太平洋中部に至る地域は,沿岸生態系における生物多様性が世界中で最も高い地域として知られています.一方,これらの地域では,沿岸域での高い人口圧力を背景として,水産資源の乱獲・違法漁業や過剰養殖,観光開発,隣接する陸域での森林伐採などによる表層土壌流出や農地等からの栄養塩の過剰流入,マングローブ林伐採や沿岸埋立て,といった様々な人為的環境負荷によって,沿岸生態系の劣化がかなり深刻になっています.加えて,地球環境変動に伴う海水温上昇や海面上昇,海洋酸性化,台風経路の変化,豪雨の増加といったグローバルな環境変動要因が,これらの地域の沿岸生態系に今後さらに深刻な影響を与えるものと予想されています.
 このような沿岸生態系劣化の深刻化は,沿岸生物資源に依拠する多くの地域コミュニティーの生活を脅かすだけでなく,健全なサンゴ礁やマングローブ林等の持つ自然の防災機能の消失にもつながります.そしてそのことが,沿岸域の災害ポテンシャルを一層上昇させ,ひいては沿岸生態系自体の劣化に拍車をかけるという悪循環が懸念されます.本プロジェクトの相手国であるフィリピンは,台風に伴う暴浪・高潮や豪雨災害が多発している地域であり,上記の様々な直接的・間接的人為影響に起因する複合的な環境負荷要因によって沿岸生態系の劣化が急速に進行しています.
 同地域の沿岸生態系のこれ以上の劣化を食い止め,上記の悪循環を阻止するには,同国の沿岸生態系に関して,高い生物多様性が維持されていた基本メカニズムの解明や,最近の急速な劣化をもたらしている上記の様々な環境負荷要因の実態と生態系劣化との因果関係の把握,環境負荷を生み出している地域コミュニティーの社会経済構造の把握,等を早急に進める必要があります.そしてそれらに基づいて,環境負荷の適切な制御の枠組みや,様々な環境負荷のもとでの沿岸生態系のダメージからの回復過程の促進策のあり方を明らかにしていくこと等を通じて,効果的な沿岸生態系保全・適応策を構築していかなければなりません.
 本プロジェクトは,科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)による新たな国際共同研究推進スキームであるSATREPSプログラムによるもので,上記の課題に取り組むべく,2010年3月1日にスタートした5年間のプロジェクトです.このプロジェクトの大きな特徴は,上記の諸課題に関する様々な調査・解析を行うだけでなく,それらの成果を現地社会に実装(implementation)することと,それを具体的に運用し役立てていく人材の育成(capacity building)を行うことを目指していることです。社会実装の主たる項目としては,本プロジェクトの主要成果項目である統合的意志決定支援システム(IDSS)やその基盤となる包括的常時モニタリングシステム(CCMS),広域的ダメージポテンシャルマップ,海洋保護区(MPA)ネットワークの合理的設定・維持管理スキーム等を予定しています.
 
CECAMプロジェクト チーフテクニカルアドバイザー 灘岡和夫
(東京工業大学大学院情報理工学研究科情報環境学専攻 教授)